beautiful blue sky
西武池袋線の小手指駅に降り立ち、有楽町は身震いをした。
やはり地上は寒い。吹きさらしのホームは無情にも冷たい風を通し、全身を撫でるように流れる。
乗ってきたメトロの車両は小手指が終点だ。一度小手指車両基地に入るようで西武の駅員による車内点検を終えると、駅からゆっくり滑り出して黄色い電車が並ぶ間に止まった。メトロの車両が他社の車両に挟まれて止まっているのを見るのは何度見ても不思議だ。
その車両の後ろにある空をふと見上げると、雲一つない真っ青な色だった。
自分の管轄内の地上部である新木場駅とは違う空。小手指駅から飯能方面へ向かう途中を挟んでいる森の緑と空の青の組み合わせがとても好きだと有楽町は口元を緩めた。特に冬は空気が澄んでいて、更に深みを増す青が綺麗だ。都内では中々見られない風景だと思う。
小手指行きに乗ってきてよかった。有楽町はホーム端のフェンスに寄り掛かりながら思った。
昼間だからあまり人がいない。
反対に朝夕の池袋線のラッシュアワーはすごいと聞く。小手指は所沢駅より二つ飯能よりだが、周辺にマンションが多いせいか都内へ出勤、通学する者が多いそうだ。それは小手指始発が多いというも一因だろう。実際にラッシュアワーの池袋線の車両に乗ったことがないから想像は出来ないが、丸ノ内と似たようなものなのだろうと想像するしかない。
静かな駅構内に電車がレールの上を走る音が響いてくる。振り返れば、西武の新しい車両スマイルトレインがホームへ滑り込んできた。その名の通り車両の正面は笑顔になっていて微笑ましい。
停車位置に止まりドアが開くと、乗客が降りた後に降りてきた人物に有楽町は驚いた。
「貴様は何をしているんだ」
有楽町の前に腕を組んで立ち、目を鋭く細めているのは西武池袋。お前こそ、なんて問いは愚問だろう。彼の路線の駅なのだから。ただ、大体池袋駅にいることの多い彼だから少し驚いただけだ。
「乗り入れ先の駅でのんびりするほど暇なのか、営団は」
「久しぶりに池袋線の方に行ってみようかなって思ってさ。最近来てなかったし」
池袋は溜息を吐き有楽町から目線を外して、発車メロディが鳴り駅から滑り出したスマイルトレインを見送った。その行き先は飯能だった。
有楽町もスピードを徐々に上げて進む車両を見送った。森に挟まれたレールを進んでいく。その先は青空だった。
「……綺麗だな」
考えるより先に自然と出た言葉だった。
その言葉に池袋は何も言わず有楽町と同じ方向を見ていた。左側にいるせいでその表情は髪に隠れて見えない。
「オレさ、ここの空が好きなんだ。都内はビルばっかりで狭く感じるんだけどここは広い。それにあそこの森と空が一緒になってるのがいいよな」
何を言っているんだろう、恥ずかしい奴と思われているに違いない、と思ったが言葉は止まらない。どうしてだろう。
「副都心が開通してからオレのところから飯能まで行くのが少なくなったからあまり行かなくなったけど、飯能の一つ前の駅……なんて言ったっけ、なんとかかじ……」
「元加治だ」
「そう、元加治! 大きな建物ないし、自然がいっぱいだなって」
どれくらい行ってないだろう。最近は小手指までしか来ていない。
「お前と乗り入れしてるからこの空を見られるって思うと、相互直通してよかったって思ってる」
いつもは電波な発言や行動に胃の痛む思いをしているが。
池袋と西武有楽町がいて、東上がいて、自分と副都心がいて、胃薬が離せない毎日に満足している。それに気付いた時は驚いたが、今となっては自然なこととなった。これからもそんな毎日が続くのだろう。悪くない。
またフェンスに寄り掛かり池袋を見ると、まだ飯能方面へ繋がるレールを見ていた。
「……お前は案外恥ずかしい奴だな」
「え……あ……なんというか、その……」
やっぱり恥ずかしい発言をしたんだ、自分は。池袋が何も言ってくれなかったから、なんて責任転換だと思うと余計に恥ずかしくなった。更に顔が熱くなるのを感じて、妙にむず痒くなってくる。
「しかし、悪くないな」
池袋の声は穏やかだった。
「オレが恥ずかしい奴ってことが?」
違う、と穏やかな声が否定する。だが、有楽町は池袋の言葉の意味が解らなかった。
「なあ、どういうことだよ」
自分の言葉を遮るように電車がまた滑り込んできた。それも飯能行きだった。
「私はこれから飯能で西武秩父、西武有楽町とお昼を摂るが、お前はどうする?」
「あ、もうそんな時間か。これから池袋に戻っても一時過ぎるしな……一緒するのは、」
ダメだよな、と言いかけた言葉は、いいや、と遮られた。
「……いいのか?」
「構わん。今日だけは特別だ」
そう言った池袋は二番線に止まった先頭車両に乗りかけていた。
構内では駅員の、特急の通過待ちをします、乗車になってお待ち下さい、というアナウンスが流れている。まだ特急は通過していない。その電車が出るまで時間はある。
「どうする」
ドアの側に立つ池袋は問い掛け、有楽町の答えを待つ。
答えは決まっていた。
有楽町は特急がスピードを上げて通過するのを背に池袋が待つ車両に飛び乗った。
そういえば彼の着る制服も冬の空と同じ真っ青だ、と動き出した車内で隣に立つ彼を見て思った。
「やっぱり綺麗だな」
「有楽町!」
飯能駅の休憩室のドアを開けると、既に座っていた西武有楽町が立ち上がった。
「なんでここにいるのだ?」
「一緒にお昼食べようって話になってな」
よろしく、と大きな手が西武有楽町の頭を撫でた。
「お、営団だ。どうしたんだ?」
「小手指で会った」
「ふーん。あ、お前らも茶でいいか?」
「ああ」
「ありがとう」
手を引かれ有楽町が西武有楽町の隣に座ったのを池袋は横目で見て、西武秩父のいる給湯スペースへ向かった。お茶を煎れるのを手伝おうと横に立つと脇腹をつつかれ、なんだ、と目線で問うた。
「お前があいつを連れてくるなんて珍しいなって思って」
「今日は特別なだけだ」
そっか、と言ったきり西武秩父はこれ以上聞くことはなかった。自分の分と西武有楽町のジュースを持ち、その場を離れた。
誰かに理由を話すのは恥ずかしかった。己の走る空が好きと言われて、嬉しいと思ったなど。
己の走る地の空が好きと言われるのはこそばゆい心地だった。だが、悪くないと思った。
池袋は残った二つの湯呑みを持って三人の待つ机へ向かった。
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